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和歌山地方裁判所 平成10年(わ)580号 決定 2000年12月20日

主文

検察官請求の証人Aを採用し、平成一三年一月一一日午前一〇時の公判期日において取り調べる。

理由

一  検察官は、①昭和六二年当時の被告人夫婦とBとの関係、②Aが昭和六三年五月に中江病院のCの病室で食事をして腹部症状を発生した経緯、③被告人のCに関する言動及び被告人方でのマージャン開催状況等、④被告人が平成九年一〇月にAに無断で同人を被保険者とする簡易保険契約を結んでいたこと、⑤Dに体調不良が生じ死亡した経過、⑥本件殺人被告事件後の被告人夫婦の言動等を立証するため、Aの証人尋問を請求し、弁護人は右②及び⑤については類似事実によって公訴事実を立証するものであるばかりか、検察官の立証しようとしている類似性の程度は「被告人が疑わしい」という程度のものであるから違法であり、右④及び⑥については、関連性の疑問があるとともに伝聞供述を求めるものであって違法であるとして、その部分の証人尋問請求を却下すべきであると主張する。

二  ②及び⑤について

1 検察官は、②及び⑤の事実によって、本件殺人未遂被告事件の被告人の犯人性を立証しようというのであるが、右殺人未遂被告事件は、保険金取得目的で被告人が砒素を混入した食べ物を被害者に提供して殺害しようとしたという事案であるところ、②及び⑤の事実は、被告人により多額の保険を掛けられている被告人の周辺者が砒素中毒にり患したとされる点で右被告事件と類似する事実である。したがって、検察官の右立証は、起訴されていない類似事実によって起訴にかかる犯罪事実を立証しようとするものであるから、そのような立証は、原則として許されないものである。

しかしながら、類似事実による犯罪事実の立証は、一切許されないものではなく、特殊な手口等により犯罪事実の犯人と被告人との同一性を証明する場合や、犯罪事実についての目的、動機等の主観的要件を証明する場合には、事案の特殊性や審理の状況に鑑み、例外的に認められる場合もあると解される。

もとより、類似事実による犯罪事実の立証が原則として禁止されるのは、このような証拠が自然的関連性はあるものの、類型的に裁判所に対して不当な予断偏見を与え、誤った心証を形成させる危険があるからであり、またこのような立証を検察官に許すことが、争点を混乱させ審理を遅延させたり、被告人に不意打ちを与える危険があるとの理由によるのであるから、例外的にそのような立証を認めるか否かの判断は、そのような目的に反しないか慎重な検討が必要となる。

2 そこで検討するに、本件殺人未遂被告事件は、保険金取得目的で被告人が砒素を混入した食べ物を被害者に提供して殺害しようとしたという事案であるところ、犯行態様が極めて特異であるばかりか、昭和六二年から平成九年にかけての同種の目的・態様の事件が四件も起訴されている事案であること、不正な保険金取得が半ば継続的にされていたと主張されている事案であること、事案の性格上、直接証拠が得にくく検察官としては必然的に間接事実の積み重ねによらざるを得ない類型の事案であること、被告人が現時点においても詳細な供述をしておらず、検察官としては事件の前後あるいは周辺の間接事実を立証することで被告人の犯人性を立証せざるを得ない事案であること等の特徴を持つ事案である。そしてこれまでの審理で、殺人被告事件では検察官の主たる立証が終わり、殺人未遂被告事件では、捜査段階から自らが被害者となったとされる事件についても黙秘しているCを除く二名、三件分の被害者の証人尋問が終わり、今後は、殺人未遂の被害者等の砒素中毒に関する医師の証人尋問が予定されている段階であり、また詐欺被告事件では証拠関係の多くが同意となっている。

このような特徴を持つ本件において、検察官は、態様や目的が類似若しくは共通し昭和六〇年から昭和六三年にかけて発生した②及び⑤を立証し、他の立証ともあいまって、本件殺人未遂被告事件の犯人性等を立証しようというのであるが、⑤はCや被告人の周辺の者が砒素中毒で死亡したことにより被告人らが多額の保険金を取得した最初の事案とされており、また②は、⑤の後、昭和六二年のBに対する殺人未遂事件を経て、昭和六三年にCが砒素中毒になった際に、Cの病室で被告人から提供されたとする食事をCと一緒にし、砒素中毒にり患したとされる事実であるから、いずれの事実も、被告人の犯人性を種々の間接事実の立証によらざるを得ない本件殺人未遂被告事件においては、関連性を有する事実といわざるを得ない。

また、②や⑤等の類似事実の立証と訴訟経済や被告人の不意打ちの関係を検討するに、②や⑤等の類似事実は、検察官が冒頭陳述で述べ、当初から立証予定であることを明らかにしている事実であるから、この類似事実の立証を許すことが被告人の不意打ちになるとは考えにくい。またこれまでの審理経過に照らすと、現時点は、右類似事実の立証を許すのに不適当な時期ではなく、またどの程度の証拠調べが必要となるかは想定できることから、それらの立証により、事案の重大性と比較しても不当なほどの審理の遅延をきたすものとは考えられず、また弁護側の反証がそれほど困難になるとも考えられない。

3 以上の検討によれば、②や⑤の立証は、類似事実による犯罪事実の立証が、例外的に許される場合といわざるを得ない。なお、類似事実による犯罪事実の立証を許すことと、当該類似事実がどの程度犯罪事実を推認させる証明力を有するかは別個の問題であって、後者は、立証された間接事実の評価の問題として、類似事実の立証後に慎重に検討されるべき問題であり、弁護人が主張する類似性の程度等の問題は、この場面において検討すべきものと考える。

三  ④及び⑥について

1  本件は、被告人が、その身内ないし知人に保険をかけた上での保険金目的の殺人未遂被告事件であることを考えると、④の事実は、本件殺人未遂被告事件と関連性が認められる。

2  本件殺人被告事件では、被告人の犯人性やその動機等が争われているところ、⑥の事件後の被告人の言動が、本件殺人被告事件と関連性を有することは明らかである。

3  なお弁護人は、④及び⑥の関係で予想されるA証人の証言の伝聞性を理由に証人尋問請求の却下を求めるが、証言の伝聞性は個々の証言の場面で判断されるべきことであり、また伝聞証言は、一律に証拠能力を否定されるものではないのであるから、予想される証言の伝聞性は、証人尋問請求を却下する理由とはならない。またA証人を尋問することが刑事訴訟法三〇一条に反するとの主張は理由がない。

四  右のとおりであるから、証人Aにかかる平成一二年一一月二日付け証人尋問請求書及び同年一二月六日付け証拠の立証趣旨の拡張請求書記載の各立証趣旨は、本件殺人未遂、殺人被告事件と関連性を有し、右立証趣旨で同証人を尋問する必要性が認められるので、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官・小川育央、裁判官・遠藤邦彦、裁判官・安田大二郎)

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